見知らぬ道をひたすら走る。走ることに理由は要らない。愛馬のエンジンの鼓動と自分の心臓の鼓動を感じながら、漆黒の峠道を眼下に見える小さい街の灯目指し滑り降りて行く。山の湿り気を帯びた空気が、街の乾いた空気に変わる頃、一軒のBARを見付けた。とても小さな看板だが月の無い山の夜には十分な存在感があった。むしろ小さいが故のセンスの良さが私の目を捕らえた。燕が巣に帰るときのように私はその光にランディングした。店の前にある駐車場には既に一台のバイクが停まっていた。店内から漏れる明かりに艶めかしく答える真紅のそれはMOTO GUZZI 1100sportだ。関東では余り見掛けない西のナンバープレートが長旅であることを告げる。隣に並べて停めると私のTRIUMPHがずいぶんと小さく見える。ヘルメットを抱え少し建てつけの悪いドアを開けると、来客を知らせる鈴が響き渡るが、カウンターの店主と思われる老人は私に目で軽くお辞儀をしただけでグラス磨きに余念がない。客は奥のカウンターに一人、全身に黒のレザーをまとった長い髪の女が座っている。(これがあのバイクのオーナーか・・・)重量級のバイクを操るにはあまりに華奢な体である。年齢は三十路といったところか。マッカランの12年物をストレートで注文する。・・・良い店だ。本当に良い店に音楽はいらない。グラスをテーブルに置く音、煙草に火をつけるライターの音、グラスとグラスが静かにあたる音、シェイカーを振る音。店主と客が暗黙の了解でそれらをバランス良く奏でるのである。JAZZの即興に良く似た感じだ。カウンターの女もわきまえているらしく良いタイミングでスプマンテを弾かせている。むしろ楽しんでいる様にも思える。言葉を掛け合うこともなく目を合わせる事もないが、気持ちは不思議と通じている。ライディングでハイになった脳をアルコールで溶かして胃に押しやる。勘定を済ませ店を出るとき、女が一瞬こちらを向いて微笑んだ様だが気のせいか。麓まで来て今自分が降りてきた夜空よりも黒い山を見上げると、一台のバイクが登っていく。響きわたる武骨な排気音はおそらくMOTO GUZZIだろう。もしかしたら私にはあの女だったのかもしれない。まるで夜空を飛ぶように走るそのテールランプが完全に見えなくなるまで立っていた。