生活



2007年7月30日
 私は麺が好きである。朝飯から晩飯まで全て麺でも大丈夫である。例外として冷麺は好きではないが、他の麺類なら嫌いな物はない。ラザニアやスイトンなど微妙なニュアンスの物も好む。一番愛してやまないのがワンタンメンで、空腹でなくとも大盛りを注文してしまう。我が家から歩いて30秒ほどの所にラーメン屋があるのだが、ここのワンタンメンが実に旨い。味の好みは人それぞれだと思うが、都内で有名なラーメン店を凌駕している。都内は奇をてらった物ばかりが取りざたされるので、私の好む普通のラーメンと同じ土俵には乗せられないのかもしれないが。これを書いている途中に我慢出来ずにごまだれうどんを作って食べた。日付も変わろうとしている時に200gは食いすぎだ。

2007年7月16日
 これは一体なんだ? 少し前に掃除したはずなのにいつ間にか豚小屋になってしまった。どうしてこんなに物が片付けられない人間なのだ。箪笥を買えば少しは片付くのか? 確かに服飾品は多数散乱しているがそれだけが原因とも思えない。大体どうして歩いて三歩以内にコンピュータがこんなに転がっているのだ。ファンヒーターも夏場なのだから仕舞えば良いではないか。テーブルの上がこんな状態で一体どこで飯を食うのだ。空き缶もマクドナルドのゴミも用済みなら捨てれば良いではないか。明日は大掃除だ。

2007年7月12日
 ふと考えた。自分は夏場の部屋着といえばパンツ一枚である。誰かの訪問を受けることがあっても原則パンツ一枚である。私は訪問者が誰であるかを確認せずに玄関を開ける習慣を持ち、至極稀に宅配便の配達員が女性の場合などかなりうろたえる事もあるが、やはりこの解放感は捨て難い。下着類は二日として同じ物を着ることはないので洗濯物の量の少なさも特筆に値する。独り者の私にも家計にも環境にも非常にやさしいのである。しかし若者ならまだしも、中年男が例え部屋の中という外界から隔絶された空間であるとは云え、パンツ一枚でうろうろと徘徊していることは自分を客観的に見てもあまり気色の良いものでは無い。私は子供の頃からタイトな服装は苦手である。特に首回りに何かが絡み付いていると吐き気を覚えるほどである。学ラン、ネクタイはもちろん、好きで着用していたチョーカーなども最初はかなりの違和感があった。Tシャツの襟などでもキツイと感じれば毎日グイグイ引っ張って、鎖骨が苦もなく露見されるあたりからやっと着はじめる。若者はルーズな服装も許されるし、むしろそれがファッションとして評価されることすらあるだろう。先ほども申し上げたが私は自他共に認める中年男である。破れたGパンをはいて夜の繁華街を彷徨えば浮浪者よろしく職務質問の好対象となり得る年代である。不特定多数の人に好印象を与えたいとか万人に好かれたいとは思わないが、すれ違いざまに鼻をつままれるのもあまり本意ではない。何か束縛される度合の少ない服装は無いものだろうか?    ・・・あった! 和服である。なんと涼しげで解放感のある襟元だろう。さらには動く度にそよ風さえ起こるのではないかと思える全貌。これなら夏季の部屋着としても通用しそうだ。過去に柔道、相撲を経験している私には、帯の結びかたも特に難解な印象はない。ふんどしさえも抵抗なく受け入れられそうな感じだ。丁度良く禿げているので海苔巻一本乗せれば侍ごっこも楽しめる。決まった。次から購入する服は全て和服だ。来たれ!女性配達員!
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