思想
2007年9月21日
人間の感情という物は誠に不思議な物である。久々に愛しの君に遭遇したのだが、全く魅力を感じなくなってしまった。それどころか、不完全な女臭さに不快感を覚えるほどだ。何と表現すれば近いだろうか? 海外に出たことは無いがあくまでもイメージとして言わせてもらえば、発展途上国にいるであろう幼い売女を見る様な感覚、で説明できるだろうか。その不器用な姿態に切ないような憐れなような言いようの無い不安感を感じる。あんなに素敵に見えた女性だったのにこの変わり様は何だろう? 熱し易く冷め易いと言われるB型ではあるが自分自身に驚く。
2007年8月27日
警察官が愛する人を射殺してしまったニュースを見た。結果を見れば常軌を逸脱した行為そのものだが、男性は本当にこの女性を愛していたのだろう。愛しすぎて憎しみに変わってしまう人の気持ちが私には分かる。一方的に被害を受けた女性の方には勿論、愚行に走らざるを得なかった男性にも冥福を祈りたい。報道関係者には、二人が奇異の目で世間から見られるような無意味な報道は謹んでもらいたい。たまたま警察官であったというだけの事で中身はただの男である。興味本意だけで真相を知りたがる下衆な連中のご機嫌を伺うのが貴方がたの仕事なのか?
2007年8月26日
生まれてから今まで、どれほどの命を葬り去ってしまったのだろう? 私は数え切れない程の殺戮を繰り返して生きてきた。
私は仕事柄、スコップで穴を掘ることがよくある。一日掘れば最低数匹のミミズをチョン切ってしまう。悶えるミミズを早く楽にしてやるべくトドメを刺してやりたいのだが、どちらが頭なのか分からないのでその上に泥をかぶせて見てみぬふりをしている。同じく仕事中に蟻の巣を破壊することも良くある。時間に余裕があるときは彼らが卵を退避させるまで待っているが、忙しいときはお構い無しで掘りつづける。
蚊は自分に対する直接の危害が確認できなくても未だに殺してしまう。目の前を飛ばれると反射的に残虐な心持ちになってしまう。一匹の蚊の飛行音の為に寝不足で仕事に出掛けることがままある。寝たら朝まで目が覚めない私だが、蚊の存在が確認できたときは別である。通常の朝の目覚めの時は、貧血で倒れないようにまず上体を起こし数分経過してから立ち上がるようにしているが、蚊の出現の際にはスクランブル発進である。瞬時に脳内に血液が巡り覚醒する。まずは圧死させるべくインターセプトを試みるがほとんどの場合見失ってしまうので、すぐさま燻り出し作戦に転向する。蚊取り線香に点火し部屋中をくまなく歩き回る。テーブルの下や冷蔵庫の裏の方まで満遍なく毒ガスを送り込む。それでも敵を確認できない場合、部屋の真ん中に静かに座り、呼吸を荒くしてみる。炭酸ガス誘き出し作戦である。ここまでやればほとんどの場合見つけ出す事が出来るが、一度情熱に火が着いた以上ただでは殺さない。わざと刺させて、たらふく血を吸わせる。敵の腹が赤々としてきた頃に思い切り叩く。飛び散る血飛沫が自分の物なのは百も承知だが、何かとてつもない達成感を感じる。自分の残忍非道な一面に驚く瞬間である。
人間の都合で命を弄ぶ奴に幸福など訪れる訳が無い。私はサタンの手先である。シェオルの火に焼かれる事間違いなしである。
2007年8月1日
行きつけの飲み屋に行ったら愛しの君が誰か知らぬ男とデートの最中であった。ちょっと残念な気がしたものの相手の眼中に私が入らないことは以前から承知しているので特に思う所は無い。そもそも不特定多数の男性といる所を頻繁に見掛けるので、いちいち気にする方がおかしいのではないかとさえ思う。聖書によると、男に酒を注ぐ女性はいかがわしいのだと云う。そんなことは無いと思いたいが、基本的に神の存在を信じる私としては二者択一の苦しみを迫られている。例え卑猥な事実が無かろうと、女を売りに酒を注ぐのならそれは姦淫と同義だと云えるだろう。しかし酒を注ぐ本人にその自覚が無いのであれば許しても良い様な気がする。私は見掛けによらず古風な人間なので(見掛け通りか?)、自分の伴侶となる女性の破廉恥な姿を見れば逆上してしまうかもしれない。しかし何のしがらみもない男女が境を越えて愉しく時を過ごすのならば、それは微笑んで受け入れるべきのものだと思う。だが残念な事に私にその寛容さは無い。未だに女性の携帯電話の番号さえ聞いたことのない頑固者である。男同士ならなんでも無いことがなぜ異性になると出来なくなってしまうのか? 自意識過剰なのだろうか? 全ての女性に恋心を抱いているつもりは無いのだが・・・。
2007年7月26日
我が家にはテレビはおろかラジオすら無い。もちろん昔からそうだった訳ではない。帰るなり、照明よりも先にテレビのスイッチ入れるほどのテレビ依存症であった。風呂に入る時間以外はテレビ見っぱなしである。テレビの番組表が生活の予定表と言っても過言では無い。流石にこのままではいけないと思った。普通の人なら自重すれば良いだけなのかも知れないが、私の意志の弱さは筋金入りである。テレビを廃棄しコンポからアンテナを引き抜いた。何の音もない部屋は寂しいものである。冷蔵庫のコンプレッサーの音に驚くほどである。しかし情報はInternetから必要なだけ手に入るので、事実上の不都合は何もない。見ても見なくても良い番組に時間を取られる事もない。今となってはとても良い決断をしたと思っている。第一に帰ってから寝るまでの時間が長い。普通の文庫本なら一冊読み終える事が出来るし、映画なら二本見る気になれば見れる(PCでDVD)。コマーシャルの間に慌てて風呂に入る必要もないので湯にもじっくり浸かれる。時間のかかる料理にも取り組む気分にもなるし、じっくり音楽を聞きながら酒を飲むのも良い。ひたすら穏やかな時間が流れる。二番目に良い事と言えば、日々の報道を客観的に判断出来ることである。WEBであらすじを拾い読みするだけなので事象を自分で判断できる。同じニュースでも語り手によって色々なニュアンスで伝わってしまうものだが、活字を追うだけなら第三者の意思が介在する事はほとんどあり得ない。店で酒を飲んでいる時などに同じニュースの話題になり、周りの大多数と私の意見がまるで違う時がありギョッとする事がある。マインドコントロールと言えば言い過ぎかもしれないが、報道番組の考える通りに民意が動いていると思うと恐怖すら覚える。現在の対北政策などを見てもそれは言えるだろう。拉致が重大な犯罪であることは間違いないが、対話路線を閉じて関係各国が同調し相手を兵糧攻めにする事は同じように犯罪であると私は考える。北朝鮮人民が生命の危機に瀕するほど困窮しているのに、なぜ隣国の日本が協力を惜しむのか? 敵意からは何も産まれないという事が分からない、馬鹿な政治家しかいないとも思えない。むしろこの時期に北朝鮮に譲歩する事が自分の首を絞めることを知っているずるがしこい政治家が大部分であろう。こんな奴らに投票などする気はさらさら無い。報道に簡単に左右される日本国民。一過性の民意に左右される政治家。情けない国だ。みなさん、地球の資源には限りがあるのでこれ以上発展を望むことはやめましょう! と声を大にして演説する候補者が居れば喜んで投票するのだが・・・。自分のアナーキズムにも益々研きがかかる。なんだか話が逸れてしまった。
2007年7月6日
いつの頃からだろう? 全ての喜びと背中合わせに痛みが存在する。子供の時は腹の底から笑うことなど日常茶飯事にあったのだが、最近は手放しでそれをすることができない。新しい出会いがあれば別れの悲しみを連想してしまい、子供達から某かの施しを受ければ父親として何もしてやれない自分自身が悲しい。万事が万事この調子である。いっそのこと自分の殻に閉じこもってしまった方が楽な気もするが、基本的に人間が好きなのでそれもできない。かといって人づきあいに関して真面目なのかと問われれば必ずしもそうとはいえない。平気で約束を反故にするし、女性を性の捌け口として利用したこともある(ここ数年は神に誓って無い!と言うか相手にされなくなった)。一人での生活というのはやはり良くないのであろうか。思考が年齢を重ねる毎にネガティブになっていくことを実感する。これといった心配事はないのだが常に漠然とした不安感に苛まれている。人と会うことすら恐く思うときがある。今の私の心には何か重大な欠陥がある。
2007年7月4日
異性間のそれも大して年代の違わない人間同士の友情というものはあるだろうか? 最近とても気になる女性が居る。離婚して現在独身とは言え私には子供もいるし、一年に何度か会う恋人と呼べば呼べなくもない女性も居る。第一に私は禿げている。とても美しく洒落ごとには気をつかう女性なので、私のようなケダモノ親父になびいてくれるとは夢にも思っていない。恋愛に発展する可能性が万に一つも無いことぐらい私にも十分理解できるのだが、現在私の頭の中はその方向で収束に向かってはいない。無理矢理押し倒してあんなことやこんなことをしたくない訳では無いが、それすらも超越した所に意識がある。何と説明すればよいのであろうか? 彼女本人が楽しく生活している時は自由に活動していただいて結構だが、落ち込んでしまったときや本当に困ったときは私の所に来て欲しいのである。そういうときは私が全力で支えてやりたいのである。全力で支えるといっても今の我々の関係では、まさか現金が欲しいと思ったときに現金を手渡すのも不自然だし(そもそも貯金もないが)、仕事で疲れたからといって寝るときに布団の上でマッサージを施すというのも犯罪の香りが漂う。何かしてあげたいと思っても制約が多すぎるのだ。これが単に同性の友人の事であれば何の不自由もなく往来できると思うのだが、異性となればこちらも構えてしまう部分があるし、相手もそれ以上に構えてしまうことだろう。神に感謝したくなるぐらい素敵な女性なので、一方的であるにせよ何かをしてあげたいのだがそれができないジレンマに悩んでいる。いっそのこと私を好いてくれれば簡単な話なのだが・・・無理な話だ。少し時間がかかるかもしれないがいずれはこの感情も収束を迎えるだろう。相手の幸福を考えると間違っても私からは切り出すことなどできない。意気地無しと笑わば笑え。
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